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馬場水車場のお香

持続可能なエネルギー 水車を遣った馬場水車場のお香 人・自然・地域・未来をつなく仕事人 馬場猛さんのモノづくり
地元の山で採れる材料だけで作った線香

古くて新しい 昔懐かしい線香

「田舎で過ごした夏休みを思い出す」「おばあちゃんの家の香り」。このお香の香りを表現する人は皆一様に「懐かしい」と口にします。それもそのはず、昔ながらの原材料で、香料や色素、防カビ剤などの人工的なものは一切使わずに作られた線香なのです。原材料は杉の葉とつなぎのためのタブの木の葉のみ。と、とってもシンプル。


ですから、安全でお香として逸品!なのですが、私たちがこの商品の魅力に惹きつけられるのは、水車を使った伝統製法を守り続ける、生産者馬場猛さんの働き方と心意気。馬場さんの仕事は、エネルギー問題、環境問題、地場産業の衰退…など、数々の問題を抱え、混沌とした現代に暮らす私たちに、未来への希望へつながるヒントを与えてくれます。いや、ヒントというより答えのひとつというべきでしょうか。


以下、馬場さんと水車場、それを取り巻く人々の物語を紹介します。

馬場水車場線香 束

馬場水車場線香 使用イメージ

火を点けると細長い煙とともに
ただようのは乾いた杉の燃える素朴な香り。
ほっと心を落ち着かせる上品な香りです。
気化された防カビ剤や香料を吸ってしまう心配もなく安心。
仏様用としてはもちろん、部屋やトイレの消臭、
煙を嫌う虫除けに。(除虫菊は入っていません)

今すぐ購入はこちら

1束入(約30g)
3束入(約30g×3)


水車での伝統製法を守り続ける馬場猛さん

失われていく伝統製法

馬場水車場は福岡県の八女市にあります。八女は昔から線香の原料になる杉粉の産地で、盛んだった頃には40軒以上もの線香水車が稼働し、地元だけでなく全国の線香会社に線香粉を供給していました。

しかし、現在、現役で働いている線香水車は馬場水車場ともう一軒を残すのみとなりました。昭和50年代頃から安価な輸入品が使われるようになり、価格競争や後継者不足などの理由から多くの生産者が廃業を余儀なくされたためです。また、維持の大変な水車から電力式の機械への転換も水車が使われなくなった理由です。

今の水車場は馬場さんのお父さん、馬場次男さんが昭和36年(1961)に敷地ごと買受けたもの。馬場さんが中学生の頃です。


水車場を続けていく理由

木製の水車は管理に大変気を遣います。自然の川の水を利用しているので、大雨の後には堰を使って水量の調整をしたり、腐敗を防ぐための工夫も。
馬場さんは、たとえ夜中でも、水車場から異常な音が聞こえたら、飛び起きて水車場へかけつけるといいます。また直径が5.5mもあるので少しずつでも軸がずれてくるとそれが大きなゆがみとなって不具合を起こすため、定期的なメンテナンスが必要です。

馬場さんがこの手間のかかる水車を使い続ける理由、それは「第一次オイルショック」がきっかけでした。
「石油資源に頼らず、自然エネルギーで動く水車の伝統を自分たちだけになっても守ろう。自然の恵みを少し分けてもらって、ここで暮らしてこられたのは有難いことだし、地域の伝統産業を守るのは大事なことだと思うけん。」

水車の寿命は約20年。還暦を迎える前の2008年に建て替えることを決意したとき、あと10年でもいいから続けたいと思ったといいます。

1.杉葉を集める

仕事は杉葉集めから始まります。馬場さんと奥さんの2人は、伐採や間伐後の杉山に入り、杉の枝葉を集めます。これは林業を営む人たちにとっても後片付けになり、山を生かすことにもつながります。


2.杉葉を乾燥する

集めた杉の枝葉はリアカーに積んで加工場に運ばれ、葉に近い部分だけを切り取った後、火室(ヒムロ)で乾燥させます。乾燥には重油を使うこともありますが、薪や粉にならない枝の部分も燃料として使用します。山の資源は余すところなく生かされます。


3.杉葉を製粉する

さて、いよいよ水車の出番。水車場の中にはおよそ60kgもある杵がずらりと15本並んでいます。これらを水車の動力で動かし、乾燥した杉葉をまる一日かけて製粉します。周りの空気を震わせながら勢い良く動くさまは、まるで生きているようにも見えます。


4.篩いにかけて袋詰めする

搗き上がった杉粉は水車の動力を使ったリフトで上に運ばれます。そして、篩(ふるい)にかけ、目の細かいものだけを線香の原料として20kgずつ袋詰めし、目の粗いものは、もう一度杉葉と一緒に搗かれます。
これらの仕事を猛さんと奥さんの千恵子さんのたった2人で可能にしているのは水車のおかげ。水車の力を無駄なく使い、人の動きを最小限に考え作られた、先人の素晴らしい知恵です。


馬場さんたちの仕事は本来は杉粉の製粉業。袋詰めした粉を卸先やメーカーの工場に運ぶまででした。
水車場を新しくした事から生まれた人とのつながりによって、原料販売に加えて、線香の製造までを自家製で行なうようになりました。製粉した後は、粉を水で練り、成形、乾燥して箱に詰めるまで行ないます。


生まれ変わった水車 人とのつながりが生んだ馬場水車場の第二章

水車場を続けるという決断

木製水車の寿命は約20年。馬場猛さんが製粉業を継いでから、2回目の寿命を迎えた頃、馬場さんは還暦を間近に控え、水車場の継続を決意しました。大金のかかることでもあり、後継者のあてもないため、ご夫婦で随分悩まれた後の強い決断でした。

それから約3年の歳月をかけ、馬場さんは仕事の合間に原料となる木を探し歩きました。材料となる杉の木は水車の円弧を出すためにまっすぐな杉ではなく「根曲がりの木」と呼ばれる自然に曲がった木が最適。まっすぐの木を丸く加工して使うよりも丈夫な水車ができることを馬場さんは知っていたのです。普段、杉葉を集めて山をきれいにしているので地主の方は、伐採に関して快諾してくださいました。伐った杉の木は地元の製材所に運び、製材してもらいました。

こうしてコツコツと集めた杉材がようやく揃った2008年、水車場は遂に建て替えの日を迎えます。水車の再建に際し、馬場さんは水車大工の能瀬秀拓さん、翔平さん親子に依頼しました。野瀬さんは「現代の名工」にも選ばれた水車大工、中村忠幸さん(故人)の最後の弟子。馬場水車場は中村さんの最後の仕事、遺作でした。

時代を超えてつながる名工の技

今回、野瀬さんは中村さんが21年前に作った水車を丁寧に解体し、師匠の仕事の跡を見て感慨深かったと言います。
解体は馬場さんも手伝いました。水車に使われている釘は「和釘」といって鍛冶仕事で作られた特殊な釘。現代で使われている釘とは形だけでなく金属組成も違う丈夫な釘です。古い水車に使われているその釘を一本一本丁寧に抜き取り、火を入れてたたき直した後、新しい水車に使いました。この釘はその前の世代でも使われていたので今回で3代目の水車に使われることになります。
準備に3年、組み立てに3週間かかり、ようやく水車が生まれ変わりました。

馬場水車場を応援する会の発足

ようやく完成した水車ですが、線香製粉業の水車は屋根と壁に囲われた加工場内にあるため、外からはほとんど見えません。新しくできた水車も馬場さんはトタンで囲む予定でした。しかし、水車の立て替えをきっかけにその存在を知った八女市内の有志の人たちが「隠すのはもったいない」と「馬場水車場を応援する会」を結成。急遽募金活動を行ない、その資金で、水車の一面を強化ガラス超しに見えるよう工事を行ないました。

観光用ではなく、現役で働く水車は地元だけでなく、日本にとっての財産であり、未来への希望。水車場はその価値を知る人たちをつなげ、存在の認識が広まっています。

水車場オリジナル線香の誕生

原材料の杉粉から商品化まで自家製で

馬場さんは以前から、自分の作った粉に香料や着色料などいろいろなものが混ぜられて商品化されることに、複雑な思いがあったそうです。
「だって色素だとか香料だとかどんな化学物質が混ぜられているかわからないでしょ?線香は食品ではないから、成分も表示されん。この色が自然で、天然の色なのに、売っているのは緑だとか、紫だとか・・・。ウチで製粉した杉粉とタブ粉もどんな製品になっているのかわからん。蚊取り線香も昔はこれに除虫菊の粉を混ぜて固めただけだったけど、今は、なんだか知らない殺虫の薬品を入れてあって。人には安全だとか言ってるけど、何だか身体に良くなさそう」


昨年、大手メーカーが杉粉の調達を国内から海外に変更したことがきっかけで、国内の製粉業者、卸業者はさらに打撃を受け、馬場水車場もその影響を受けることになりました。そこで自分たちの粉だけでつくるオリジナル線香の商品化を決意。商品化に際しては、「馬場水車場を応援する会」のメンバーがそれぞれの人脈や情報をもちより、製造方法からパッケージのデザイン、販路の拡大などのサポートをしています。馬場水車場の存在は、その素晴らしさを知る地元市民をつなげる力となったのです。

初めのうち、線香の製造は地元の工房に外注していたのですが、そこはDIY主義の馬場さんのこと「自分でもやってみたい」と、今は成形から、箱詰めも自家製で行なっています。天然素材で香りをつけた新しい線香もだたいま研究中。

さらに忙しくはなりましたが、粉だけを作っていたときより千恵子さんもイキイキとしてうれしそうに仕事をされているのだそうです。購入した人の声を聞くことは少し怖い気持ちもありますが、楽しみでもあると言います。両親の仕事が地元の人たちを喜ばせ、使う人を喜ばせている今の姿を見て、息子さんやそのお嫁さんたちも水車場の仕事に対する意識が変わってきたようだと言います。お嫁さんが、経理のお手伝い、また子供の手が離れたらブログもやろう、と協力してくれるそうです。
馬場水車場には、まだこれからも新しいストーリーが生まれそうです。